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やなせたかし氏死去!アンパンマン作者は死を予感していた?

あんぱんまん作者のやなせたかしさん94歳が死去したニュースが入ってきました。
実は彼は自分の死を予感していたようなのです。
やなせたかし


やなせたかしさんの本名は「柳瀬嵩(やなせたかし)」
アンパンマンの作者で漫画家、絵本作家として活躍しました。

彼は1919年(大正8年)の生まれなのです。戦争を体験した人なのですね。
「アンパンマン」が大成功し、ミュージアムまで作られていますが
実は彼が売れっ子になったのは「50代後半」になってからのようなのです。

「手のひらを太陽に」の作詞はやなせたかし さんによるものです。
手のひらを
彼は34歳でマンガ家として独立するのですが、それまではデパート三越のグラフィックデザイナー
をやっていたようです。

現在も使われている三越の包装紙の「mitsukoshi」の文字はやなせ氏が書いたものなのです。
実は三越が当時有名だったデザイナーの猪熊弦一郎に包装紙のデザインを依頼。

その依頼したデザインをやなせ氏が猪熊氏のもとへ取りに行くのですが、
デザインは出来上がっていたが、注文した文字が入っていなかったようです。

やなせ氏が「先生!文字が入っていないので入れてください」とお願いすると、
猪熊氏は「君!適当に書いといて・・・」と言われてしまい・・・
仕方なくやなせ氏が描いた らしいのです。
三越

そんなやなせ氏は漫画家として34歳で独立するのですが
三越の給料の三倍を上回ってから、退職したようですね。

結構保守的のようです。

アンパンマン

「あんぱんまん」は1973年(昭和48年)に出版されたようです。
当時は出版社である山梨シルクセンター(現サンリオ)から批判され「こんなの売れない」
と言われていた様です。
あんぱんまん初期

それでもやなせ氏はアンパンマンを書き続けたようですね。
あんぱんまん2
するとじわじわと人気が上がり1988年(昭和63年)にアニメ化
1990年に「アンパンマン」は日本漫画家協会賞大賞を授賞する作品に成長したのです。

死の予言

2013年7月7日にアニメ映画「それいけ!アンパンマン とばせ!希望のハンカチ」
が公開され原作者のやなせ氏らが舞台あいさつを行ったようです。
アンパンマン

舞台挨拶では恒例となっているやなせ氏の生歌披露で
高齢による視力低下などをネタにして
「目は見えず、耳は聞こえず。私が舞台で死ねば、映画の宣伝になる」と歌ったようです。

これは本人がいつも言っているジョークだったようですが、
さらに、「あと2~3週間しか生きられないと言われてる。死ぬときは笑いながら死ぬ」と
笑いながらコメントしていたようです。
アンパンマン映画

やなせ氏は普段からこのような冗談を話していたようです。
もしかしたら自分の死期がわかっていたのかもしれませんね。

やなせたかし氏のご冥福を心からお祈り申し上げます

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タグ: 2013年10月15日 | コメントは受け付けていません。 | 芸能